「逆もまた真なり」の経営術
利益が出ている企業がリストラを行う、あるいは潤沢な現預金をあえて取り崩して投資や還元に充てるといった「逆もまた真なり」の経営施策は、一見すると常識に反するが、長期的な競争優位の確立という観点からは極めて合理的である。経営の本質は現状維持ではなく、環境変化への先回り対応にあるからです。
たとえば、米国のP&Gは2000年代初頭、安定的な利益を上げていたにもかかわらず、全世界で大規模な組織再編と人員削減を断行した。背景には、グローバル化とデジタル化により消費財市場の構造が急変し、従来のブランドポートフォリオでは将来の成長が見込めないとの危機感があったためです。P&Gは利益を出している事業部であっても戦略的非中核と判断すれば売却し、リストラによって得た資源を新興市場・イノベーション投資に再配分しました。その結果、数年後にはブランド構成を整理し、収益性と機動性を両立させた新たな経営体制へと移行しています。
日本企業でも同様の例があります。トヨタ自動車はリーマンショック後の黒字転換期においても、早期退職制度や間接部門の効率化を推進しました。短期的には痛みを伴うが、将来のCASE(コネクテッド・自動運転・シェアリング・電動化)対応に備えるため、人材と資本のポートフォリオを組み替えたのです。つまり「黒字だから安泰」とは考えず、黒字のうちに構造転換を行う。これこそが真に先手を打つ経営判断です。
一方、現預金を過剰に積み上げないという方針も同じ文脈で理解できます。任天堂はWii U時代に巨額の現預金を保有していたが、スイッチ開発期には大胆に研究開発・マーケティング投資へ振り向けました。潤沢なキャッシュを守るだけでは成長は生まれない。必要なリスクを取ってこそ、将来の収益源を創出できる。逆に、日本企業にありがちな「内部留保の厚み」は、株主や従業員から見れば機会損失の象徴にもなりえます。
このように「逆もまた真なり」の施策とは、短期的な常識に縛られず、構造的な変化に先回りする経営姿勢を意味します。利益が出ているからこそリストラを行い、資金余力があるからこそ攻めの投資を行う。環境変化を待ってからでは手遅れになるという前提に立ち、企業体質を常に動的に刷新する。この柔軟さこそ、持続的成長を支える現代経営の要諦であるといえます。